怜士の本棚

不定期に読んだ本の記録や、感想を載せていきます。ファンタジーやミステリー系が多いです。たまに、日記のようなものを書きます。

『かがみの孤城』辻村深月 読了

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僕が初めてこの本を読んだのは、確か本屋大賞ノミネートされてた頃だと思います。学校の図書館に話題の本として並べられていて、読めないことは無いですが結構厚みのある本だったし、ざっと見たあらすじでは「不登校」というのがテーマのような気がして気は進まなかったのですが読んでみました。

その当時の感想をそのまま述べるなら「騙された!」です。その「騙された」はただの不登校を更生させるような物語ではなかったという点と、読了した方ならわかる「上手いこと誘導されてしまった」という2つの点があります。

 

不登校」がテーマとは述べましたが、物語の内容としては「不登校」が表のテーマであり、裏のテーマというのが「愛」だと個人的には思っています。

僕にもきょうだいがいます。憎たらしいなと思うことはありますが、それでも幼い時から一緒に過ごしてきた大好きなきょうだいです。もしも僕が、きょうだいに何もしてあげることが出来ないまま、この世界に永遠の別れを告げてしまうとしたら、想像しただけで気持ちが沈んでしまいそうです。

そして残されたきょうだいは僕がいなくなった後のこの世界を生きていく、そう考えた時に何か一つでいい、永遠に胸の内に生き続けるような思い出をプレゼントしてあげたいと思うはずです。それが「愛」だと僕は思います。

 

そう願った姉が弟にプレゼントしたものが、この物語。その物語は結果的に、6人の少年少女を救い、きっとその子たちから連鎖的に救われていく子供たちが生まれてくるはずです。救済の連鎖ってやつです。実は結構この言葉気に入ってるんですよね。

 

ここからまた個人的な話になるのですが、僕は伸ばされた救済の手を払い除けて生きてきた気がします。いや、そもそも伸ばされてもいなかったのかもしれない。結果的にドロドロとした沼に足を取られ、転んで、立ち上がれなくなって、沈んでいきました。

今はようやく沼から立ち上がれた頃でしょうか、それでもまだ足は沼に使ったままです。ですが、立ち上がって落ち着いて周りを見てみたら案外救いの手というものは差し伸べられているものでした。沈んでる間はけして見えなかった手、寧ろ見ないようにしていたのかもしれない、それをとってしまえば自分がダメになってしまいそうな気がして。

でも最近は漸く、その手をとって助けを求めてもそれは自分がダメになるようなことではないと思えるようになりました。それが、2回目にこの本を読んだ感想です。

 

また話はガラッと変わりますが、今度は後者の「上手く誘導されてしまった」の話です。

叙述トリックとでも言うのでしょうか、語り手口調のお話なのでそれが当てはまるかはわかりませんが、基本的に文章に逆らって読むような読み方をしない人間なので、思いっきり辻村深月先生の策にはまってしまいました。というか、あれだけ赤ずきんちゃんモチーフだと、別ののオオカミが出てくる作品なんて頭に浮かばないですよ…。

 

前述の通り、分厚い本だから手を出すのを躊躇っていたのですが、読んでしまえばあっという間でした。もしかしたら、児童文学しか読んでこなかった中学生の頃の自分ですら読めたのではないかと思うくらいです。

実は、僕は本は好きなのですが、活字オタクと呼んでもいいのかはわかりませんが、分厚い本を見るとあまり読みたくないなぁと感じてしまう質なのです。小学生の時に『ハリーポッターと賢者の石』を司書の先生におすすめされたのですが、同様の理由で結局読まないままでした。正直こちらの本に関しては、もっと早くに読んでみたかった!という後悔が少しだけ残っています。

 

最後までお読み頂きありがとうございます。

辻村深月先生の作品であと読んでみたいなと思っているのは『青空と逃げる』です。実はちょっとしたご縁があるのですが、読めずじまいです。

また明日お会いしましょう。